Material Lab Report 001 Silicon

報告者 畑野 嶺 七沢智樹

報告日 2018/09/25

Summary

シリコン(Silicon)はケイ素(珪素、硅素)とも表記される元素です。地球の表層部に最も多く存在する元素は酸素(約50%)で、シリコンは二番目、約26%を占めています。

土壌や岩石に豊富に存在し、天然水、樹木、植物などにも含まれる「最もありふれた元素」のひとつといえます。

河原などで見かける白い石は、酸素とケイ素が結合した二酸化ケイ素(SiO2)を主成分とするケイ石です。

工業用のシリコンは、ケイ石を還元する(酸素を奪う)ことによって作られた金属シリコンで、半導体など幅広い分野で使われています。

なお、美容整形や体内のパーツに使用されるシリコーン(Silicone)は、金属シリコンにメチルアルコールなどの有機化合物を結合させた化合物であり、本レポートの対象外とします。

目次

  1. 概要
     1.1. 歴史
     1.2. 基本情報
  2. 特性
     2.1. 半導体
     2.2. テラヘルツ波の高い透過性
    3.シリコンの種類
     3.1. 結晶とは
     3.2. シリコンの精製と結晶構造
     3.3. シリコンの加工処理技術
     3.4. シリコンの用途

1. 概要

1.1. シリコンの歴史

1787年、アントワーヌ・ラヴォワジエがラテン語で「燧石(すいせき)」を意味する「silex」「silicis」 にちなんで「silicon」と名づけ、はじめてケイ石を元素として記載しました。

1800年、ハンフリー・デービーにより、ケイ石が化合物と判明したことから、シリコンを元素とするラヴォワジエの主張は否定されました。

1823年、イェンス・ベルセリウスが、四フッ化ケイ素とカリウムを加熱して、シリコンの単離に成功しました。

1959年、アメリカ・フェアチャイルド半導体社のロバート・ノイスらが、シリコン集積回路(IC)を開発しました。

1981年、米国ウィスコンシン大学教授ロバート・ウェストらにより、シリコンの二重結合化合物であるジシレンがはじめて人工的に作られました。

2004年、筑波大教授 関口章らが、シリコンの三重結合化合物の合成に成功しました。

1.2. 基本データ

・元素記号:Si

・融点:1,414℃

・電子配置:[Ne] 3s2 3p2

・原子量:28.0855

・電子数:2, 8, 4

・原子番号:14

2. 特性

2.1. 半導体

物質には電気を通す「導体」と、電気を通さない「絶縁体」とがあり、半導体はその中間の性質を備えた物質です。

導体は電気抵抗が低く、電気を通しやすい金、銀、銅などが該当します。

絶縁体は電気抵抗が高く、電気が通りにくいゴム、ガラス、セラミックスなどが該当します。

半導体は温度によって抵抗率が変化することが特徴で、低温時ではほとんど電気を通しませんが、温度が上昇するにつれて電気を通しやすくなります。

また不純物の含有量が少ない半導体はほとんど電気を通しませんが、ある種の元素などを加えることで電気を通しやすくなります。

このような特徴を利用し、電流を一方向のみに流すダイオードや、電気信号を増幅したり、高速にON/OFFする機能をもつトランジスタなどの半導体素子(電子部品)が製造されています。

2.1.2 半導体材料としてのシリコン

パソコンやテレビ、スマートフォン、ICカードなど、身近な電化製品に幅広く使われている半導体。その半導体に最も多く使われている素材がシリコンです。

シリコンは、単一の元素からなる「元素半導体」であり、ウエハーなどに使われる工業用シリコンには超高純度(99.999999999%)の単結晶構造が必要なため、金属シリコンとして精製された後、さらに精製を要します。

シリコンの精錬には大量の電力が必要なため、日本では電力が比較的安価なオーストラリアや中国、ブラジルなどから、すでに精錬された金属シリコンのインゴット(純度98%以上)を輸入しています。

また、高精度のシリコンウエハーを製造するには極めて高い技術が必要であり、その市場シェアの1位、2位を日本企業が占めていることは特筆すべきことです。

2.2. テラヘルツ波の高い透過性

2.1.1. テラヘルツ波とは

シリコンは、テラヘルツ波を透過しやすい性質を持ちます。

テラヘルツ波には明確な定義がありませんが、一般的には周波数300GHz〜3THz(波長100µm〜1mm)帯の波長を指します。

テラヘルツ波は光波と電波の中間領域に当たる波長を持ち、金属以外の物質を透過しやすく、人体に優しいこと、対象の物質を正確に把握できることから、空港のセキュリティチェックや病院の検査などにも有効とされています。霧や雲、水蒸気などはある程度透過しますが、大気中ではこれらに吸収されるため減衰が大きく、伝搬距離が限られます。液体となった水や金属のような導電体は透過しません。

エックス線との大きな違いは、テラヘルツ波の物質に対する透過性は、物質との相互作用によって物理的に決定されるということです。

テラヘルツ波の周波数は、物質を構成する分子の振動数とほぼ一致することから、様々な分子の性質を調べることが可能で、これが検査などで重宝されているのです。

2.1.2. シリコンとテラヘルツ波

このようなテラヘルツ波の特徴を活用したテラヘルツカメラは、対象物の像のみならず、それがどのような材料でできているのかを同定することができます。

天文学者などの科学者たちは、テラヘルツ波が注目される前から宇宙・環境計測の分野でこれを活用し、大気や宇宙を観測してきました。

例えば、星の一生と、星が発する電磁波との間には密接な関係があり、星が生まれる前の状態(星間分子雲や原始星)ではミリ波やテラヘルツ波が発生します。

つまり、テラヘルツ波には、星や宇宙が形成される最も初期の段階の情報が多く含まれているということです。

このような特長から、テラヘルツ波を透過しやすいシリコンは、特殊な天体望遠鏡のレンズの材料として採用され、最新の宇宙研究の場で活躍しています。


3. シリコンの種類

シリコンは、精製によって生じる結晶構造をもとに、3種類に分けることができます。

3.1. 結晶とは

結晶とは、原子や分子が空間的に繰り返しのパターンで配列されている物質を指します。

3.1.1 単結晶

全体がひとつの結晶からなり、原子が3次元的に規則正しく繰り返しながら並んだもので、結晶のどの位置であっても結晶軸の方向が変わらないものをいいます。

単結晶には、物質そのものが持つ特性が顕著に表れます。それぞれの物質の電気的特性、機械的特性、光学的な特性を活用して、さまざまな工業分野で応用製品が開発、実用化されています。

3.1.2. 多結晶

多数の微小な単結晶、すなわち微結晶(結晶粒、結晶子)から構成されている個体を指します。多結晶の物体は、多結晶体、または単に多結晶と呼ばれます。多くの金属やセラミックスは多結晶体です。

一般的に、多結晶は単結晶より強度が低いことが特徴です。

3.1.3 アモルファス

アモルファス(非晶質・ひしょうしつ)とは、結晶とは異なり、短距離秩序(同じ繰り返しパターンが短い)はあるものの、長距離秩序がない物質を指します。

結晶状態とアモルファス状態では、同じ材料でも条件によって物性(電気伝導性や熱伝導性、禁制帯幅、光透過率や光吸収率、透磁率、超伝導性など)が大幅に変わる場合があります。

3.2. シリコンの精製と結晶構造

工業用に使用されているシリコンは、シリコンが多く含まれるケイ石などを精製することで、金属シリコン、多結晶シリコン、単結晶シリコンへと純度を上げていったものです。

それぞれの精製プロセスは以下の通りです。

3.2.1 金属シリコンの製造

シリコンは普通、ケイ石(二酸化シリコンSiO2)の形で存在しています。

ケイ石と、木炭などの炭材を投入した電気炉に大電流を流し、1,900℃程度に温度を上げると、還元作用によって炭材から出るガスがケイ石から酸素を奪い、ケイ素が金属状に遊離します。

この工程で98〜99%と純度の高い金属シリコンへと精製されます。

3.2.2. 多結晶シリコンの製造

金属シリコンを微細な粉状に砕いて塩酸に溶かすと、トリクロルシラン(SiHCl₃)という無色透明の物質が得られます。

熱分解法によって高純度化したトリクロルシランと超高純度の水を反応器に入れ、シリコン芯線を加熱すると、その表面に棒状の多結晶シリコンが析出します。

多結晶シリコンは小さな単結晶シリコンの粒がたくさん集まったものですが、この段階で不純物が1,000億分の1まで取り除かれ、99.999999999%(イレブンナイン)まで高純度化されます。

3.2.3 単結晶シリコンの製造

多結晶シリコンから単結晶シリコンへと精製する方法は、大きく分けてCZ法(チョクラルスキ法)とFZ法(Floating Zone法=浮遊帯法)の二つがあります。

① CZ法(チョクラルスキ法)

砕いて洗浄した超高純度の多結晶シリコンを石英るつぼに入れ、微量の導電型不純物とともに加熱炉で溶かします。このとき同時に微量の導電型不純物(添加材またはドープ剤と呼ぶ)を必要量だけ添加します。

次に、液状になったシリコンに、ピアノ線で吊り下げた小さな種結晶を接触させます。

このとき、種結晶を回転させながらゆっくりと引き上げることで単結晶が形成され、温度や引き上げ速度を調整することで結晶の大きさや特性が決まります。

引き上げはアルゴンガスが含まれる引き上げ炉の中でおこなわれ、成長した結晶は種結晶と同様、完全な単結晶になります。

② FZ法(Floating Zone法=浮遊帯法)

添加剤を加えたアルゴンガスの中で、高周波電圧を印加したコイルを用い、棒状の多結晶シリコンを溶かします。

液状になったシリコンに小さな種結晶を接触させ、コイルを上下に動かすと、棒全体が単結晶化します。

CZ法(チョクラルスキ法)

FZ法(Floating Zone法=浮遊帯法)

3.2.4. 単結晶シリコンの特性

① 超高純度

1㎤に切り出したシリコンの単結晶中には、

約5×1022個のシリコン原子が存在し、規則正しく結合し整列しています。

超高純度の単結晶シリコンは99.999999999999%(14ナイン)以上の純度で、不純物の比率は100兆分の1以下になります。

② 結晶方位

結晶は単位格子の集まったものです。単位格子は原子によって作られる面の集まり(結晶面)で構成されます。結晶はこの結晶面が等間隔で平行に並んでおり、その並びの方向を結晶方位といい、ミラー指数を使って表します。

単結晶の特性は結晶の種類や質だけでなく、多くの場合、その方位に強く依存します。

単結晶を工業的に利用するためには結晶方位の決定が不可欠であり、その方法としてはX線回折が一般的です。

ICなどの半導体素子の材料となるシリコンウエハーでは、CZ法で生産された「ミラー指数{100}」の結晶が使われています。

【Silicon-FZ111】

先端半導体に使用されるシリコンの中でも、FZ法で製造されたシリコンの単結晶【Silicon-FZ111(14ナイン、水平断面{111}】は、自然界に存在するあらゆる物質の純度・構造の精度をはるかに上回り、特殊な天体観測望遠鏡などに使われています。

③ ダイヤモンド構造

多数の原子がすべて共有結合によって繋がり、規則正しく配列している結晶を「共有結合の結晶」といいます。

共有結合の結晶は非金属の原子が多数結合しているので、巨大分子ともいわれます。

共有結合のなかでも、シリコンが属する14族の元素は、最外殻電子(価電子)4個を持ち、最近接原子数(配位数)4、第2隣接原子数(次に隣接する原子の総数)12 で、多くの場合、正四面体結合するダイヤモンド構造になっています。

ダイヤモンド構造は、2組の同じ原子からできた面心立方格子を対角線長の4分の1ずらした構造となっており、他の構造に比べて隙間が多いことが特徴です。

シリコンは、8個のシリコン原子を持つ単位格子によるダイヤモンド構造になっており、各々のシリコン原子は、4つの結合手によって周囲の4個のシリコン原子と結合しています。

ダイヤモンドのダイヤモンド構造よりも結合力が弱く、光や熱によって結合の一部が切れやすいため、そこで生じた不対電子が自由電子のような働きをして、温度などの条件によって電導性を生じます。

この特性が、シリコンを半導体素子の材料として用いる理由です。

3.3. シリコンの加工処理技術

半導体ウエハーなど、工業用で使われる単結晶シリコンは、極めて正確に切削・研磨する必要があります。

純水製造過程(イオン交換膜法など)を3回繰り返すことで作られる超超純水(超高純度の超純水)がそのような切削・研磨技術に活用されています。

3.4. シリコンの用途

① 赤外光学

特定の周波数領域の電磁波を高い比率で透過させるレンズや窓の素材(宇宙観測等で活用される)

② 半導体

コンピューターのCPU、液晶ディスプレイ、太陽電池

③ シリコン含有合金

・電気炉における製鉄材料、脱酸素剤

・変圧器

④ シリコン含有セラミックス類

・グラスウール(断熱材、吸音材)

・ゼオライト(イオン交換・吸着剤、有機化学工業における触媒、カルシウム除去による水の精製)

・シリカゲル(活用範囲が広い乾燥剤)

⑤ 炭化ケイ素

耐火材、抵抗材/研磨剤(高いモース硬度9.5)

陶器やセメント・レンガの主成分

Material Lab Report 003 Terahertz wave


Material Lab Report 003 Terahertz wave

報告者 寺内輝治 七沢智樹 松林政之

報告日 2019/04/18

Summary

近年、テラヘルツ波がにわかに注目を浴びるようになった。しかし、その名前だけが先行し、多方面で製品としてもてはやされる一方、具体的にどのような特徴を備えているのかについて、正確に理解されているとは言いがたいのが現状である。

電波のなかでも技術的困難から未開拓の帯域と考えられてきたテラヘルツ波は、近年、研究開発が進み、産業分野での活用が大いに期待されている。本稿では、テラヘルツ波の特徴を明確にすると同時に、宇宙観測における役割に注目し、その可能性を高純度シリコンとの関係から明らかにする。

目次

  1. 概要
     1.1. テラヘルツ波とは
  2. 特性
     2.1. 物質の透過性
     2.2. さまざまな物質の情報を含む
    3.産業分野での応用
     3.1. 分析機器
     3.2. 診断・検査技術
     3.3. 安全・安心技術
     3.4. 情報通信
     3.5. 基礎科学
  3. 宇宙観測におけるテラヘルツ波
     4.1. より遠い過去を観る
     4.2. 天体望遠鏡の開発
     4.3. テラヘルツ波を利用する難しさ
     4.4. テラヘルツ波の観測でわかること
     4.5. アルマ(ALMA)望遠鏡
  4. テラヘルツ望遠鏡におけるシリコンの活用
     5.1. 望遠鏡の目となるシリコン
  5. テラヘルツ波とシリコンが拓く宇宙探査の可能性

1. 概要

1.1. テラヘルツ波とは

1.1.1. 電磁波とは何か

街の雑踏や人の話し声、鳥のさえずりなどの音波、テレビ・ラジオの電波など、私たちはさまざまな波が飛び交うなかで生活している。携帯電話が普及し、その悪影響が指摘されることが多くなった電磁波も波の性質をもつ。

電磁波は、電気と磁気の両方の性質をもつ波である。電流が流れるとき、電気が影響を及ぼす範囲を電場といい、磁気が影響を及ぼす範囲を磁場という。電場と磁場が相互に影響し合うことで、電磁波という波が生まれる。電磁波は、電場が振動すると磁場を誘導し、磁場が振動すると電場を誘導するという場の動きの繰り返しによって空中を伝わる。

このような波が1往復する間に進む距離を波長といい、1秒間に生まれる波の数を周波数という。電磁波は波長の長いものから短いものに向かって、マイクロ波、ミリ波、遠赤外線、中赤外線、近赤外線、可視光、紫外線、エックス線、ガンマ線と分類されており、それぞれの特徴に応じて活用されている。

1.1.2. テラヘルツ波の定義

テラヘルツ波には明確な定義がないが、波長0.03〜3ミリメートル、周波数1テラ(1兆)ヘルツ前後の電磁波を指し、より狭い波長0.1~1ミリメートルの帯域とする場合もある。

長い波長側はミリ波から、短い波長側は遠赤外線までを含む帯域になる。電波と光の中間の帯域であることから、両者の特性を合わせ持つため、産業的利用が期待されたが、発生と検出における技術的課題が多く、最後の未開拓の電磁波と言われていた。

2. 特性

2.1. 物質の透過性

テラヘルツ波は光波と電波の中間領域に当たる波長を持ち、金属以外の物質、紙や布、プラスチックなどを透過しやすい。

水には強く吸収されるが、霧や雲、水蒸気などはある程度透過する。大気中ではこれらに吸収されるため減衰が大きく、伝搬距離が限られる。

エックス線との大きな違いは、テラヘルツ波の物質に対する透過性は、物質との相互作用によって物理的に決定される点にある。

2.2. さまざまな物質の情報を含む

テラヘルツ波の周波数が、物質を構成する分子の振動数とほぼ一致することから、さまざまな分子の性質を検出することが可能である。テラヘルツ波が物質を透過または反射したときに、分子の振動や回転運動に基づき吸収されるので、スペクトルを解析することで、その(透過または反射した)物質を特定できるということである。

3. 産業分野での応用

透過性と物質の分子振動を調べることができることから、テラヘルツ波は、これまで他の帯域の電磁波ではできなかったことを可能にした。以下に、テラヘルツ技術が拓く新産業分野の例を示す。(大阪大学エネルギー学研究センター『テラヘルツ技術が開く新産業〜その課題と展望』から抜粋)

3.1. 分析機器

電子材料/工業材料開発・バイオ/医薬品開発・農作物分析・環境計測

3.2. 診断・検査技術

膚癌 (皮膚癌分布・癌細胞分析)・セラミックス (内部欠陥・劣化検査)・美術品 (絵画修復検査・真贋検査)・半導体デバイス/材料 (動作不良・欠陥個所特定・high-k 材料分析)・医薬品検査 (薬品分布・異物混入)・建物 (建材劣化・破損診断)・断熱材料検査 (スペースシャトルなど)・印刷物検査・コピー商品検査

3.3. 安全・安心技術

禁止薬物 (郵便物検査)・危険物 (爆薬,有毒ガス)・セキュリティー (テラへルツカメラ・空港検査)・災害救助支援 (火災現場など)・指紋 (劣化指紋の検査)・食品検査 (異物混入・変性・変成・汚染)

3.4. 情報通信

サブテラヘルツ無線 (マルチチャンネルハイビジョン TV・スーパーハイビジョン TV・ビル間通信・ホットスポ ット・遠隔医療)・超高速エレクトロニクス (光ルーターなど)

3.5. 基礎科学

電波天文・分子/電荷ダイナミクス観測・光科学・電子材料開発・新領域開拓

4. 宇宙観測におけるテラヘルツ波

4.1. より遠い過去を観る

宇宙は約138億年前までは超高密度・超高温の点に等しい状態だったと考えられている。その後、ビッグバンにより急激に膨張した宇宙空間は電離状態だったが、電子と陽子の誕生、原子の誕生を経て、38万年後には「宇宙の晴れ上がり」という状態に至った。ここで初めて、光は直進できるようになった。

その後さらに、水素から成るガスが重力によって収縮して星が生まれ、星の集団である小銀河が衝突して現在のような大きな銀河が生まれたと推測されている。

SF映画でもストーリーの根幹になることがあるが、一見、無限に速く見える光も、宇宙的規模からすると決してそうではなく、遠くの天体から光が地球に届くには長い時間がかかる。したがって、いま地球上で観測している夜空の光は、遙か遠い昔にその天体から発せられたものである。つまり、広大な宇宙空間に存在するより遠い天体を観測することによって、より古い宇宙(誕生からみると、より若い宇宙)を調べることが可能になり、宇宙創成や星・銀河の生成過程の謎を解く鍵になる。そのため、世界各国で、より高性能な望遠鏡の開発が進められてきた。

4.2. 天体望遠鏡の開発

一般的に、望遠鏡というと、レンズを組み合わせた光学望遠鏡が想像される。しかし、可視光は電磁波のごく一部の帯域でしかない。レントゲンに使われるエックス線や日焼けの原因である紫外線、暖房器具に使われている遠赤外線など、可視光以外にも波長が異なるさまざまな電磁波が存在する。

天体は可視光だけではなく、これらの目に見えない電磁波も発しており、その電磁波を観測することで、天体についてより詳しい情報を得ることができる。そのため、可視光望遠鏡のほかにも、エックス線望遠鏡、赤外線望遠鏡、電波望遠鏡など、波長ごとに特化した高性能の望遠鏡が開発されてきた。

私たちに身近な光学望遠鏡としては、1990年4月24日、スペースシャトル・ディスカバリー号によって宇宙に設置されたハッブル宇宙望遠鏡が有名である(一部、可視光以外の観測もおこなう)。地上約600kmの地球の軌道上を97分で1周する。2016年3月には、宇宙最遠方の天体である、134億光年彼方のGN-z11の観測に成功している。

4.3. テラヘルツ波を利用する難しさ

温度があるすべてのもの(絶対零度、摂氏−273.15度ではないもの)は必ず電磁波を発しており、その温度に応じてスペクトル分布のピークが変わる。電波望遠鏡は、宇宙から届いた電波を解析することで、天体その他の宇宙空間にある物質の組成を調べることができる。

しかし、電波は直進性がある一方で、吸収されやすい性質をもつ。宇宙から届いた電波は、地球の電離層や大気に吸収されるため、波長によっては地表に届く時点で強度が低い(またはゼロ)になる。

なかでも、テラヘルツ波(特にそのなかのサブミリ波)は、その受信技術開発の難しさもさることながら、大気圏に到達すると、空気中の水蒸気に吸収されてしまうことから、テラヘルツ望遠鏡の開発は困難とされていた。

それでも開発が進められたのは、宇宙観測における重要な課題、より遠方にある天体を観測するうえで、テラヘルツ波の応用が必須だったからである。

4.4. テラヘルツ波の観測でわかること

4.4.1. より遠方の銀河が明確に観察できる

明るさが同じ天体を異なる距離に置いた場合、当然、遠い天体が見かけの明るさという点では暗くなる。しかし、この当然の現象が、ミリ波・サブミリ波を使った観測では当てはまらない。

つまり、下図左下のグラフに示すように、ある種の天体は、ミリ波・サブミリ波による観測では、距離によって見かけの明るさが変わることがない。

このような特徴から、ミリ波・サブミリ波による宇宙観測では、同じ領域を観測した場合、光学望遠鏡や赤外線望遠鏡に比べて、初期宇宙や遠方にある銀河がより多く観察されることになる。

4.4.2. スペクトル分析により天体の物質組成がわかる

恒星や銀河を可視光で観察したとき、非常に高温の成分が見えるが、星間分子ガスは数Kから数10Kという低温であり、可視光や赤外線などの波長の電磁波をまったく放出しない。

しかし、テラヘルツ波には、これらの低温物質から放射されるさまざまなスペクトル線を観察できるので、そこから生まれる星の材料について情報を得ることが可能である。

4.5. アルマ(ALMA)望遠鏡

4.5.1. 巨大望遠鏡の性能

アルマ望遠鏡は、南米チリ北部、標高5千メートルのアタカマ高地にある巨大電波望遠鏡である。直径12メートルと7メートルのパラボラアンテナを合計66台配置し、それを動かすことによって観測する。電波望遠鏡という名のとおり、可視光を観測するのではなく、おもに赤外線よりもさらに波長が長いミリ波・サブミリ波を受信する。電波望遠鏡は、受信する波長が長いほど、それを正確に受信するために大きなパラボラアンテナが必要になる。

しかし、天体観測に必要な超高精度で巨大なアンテナをつくることは技術的に非常に困難である。そこで、アルマ望遠鏡の場合は、直径にして約18キロメートル(山手線の内側とほぼ同程度の大きさ)に多数のパラボラアンテナを並べ、そこから得られたデータをコンピュータで解析し、画像を合成することにより、ひとつの巨大なパラボラアンテナと等価な解像度の電波写真をつくる。

4.5.2. 非常に遠い銀河の姿を明らかにする

アルマ望遠鏡は、その卓越した解像度とテラヘルツ波の受信能力により、人間の視力6000に匹敵する性能をもつ。初期宇宙において、スターバースト銀河(太陽の10倍以上の質量を持つ恒星を短期間で作っている銀河)がなぜ発生したのかなど、現在、論理的に導き出されている事象の直接的な検証を含め、宇宙の形成の解明に大きく貢献することが期待されている。

2018年5月には、132.8億光年の彼方にある銀河MACS1149-JD1に酸素が存在することを発見し、酸素の最遠方検出記録を更新している。同天体を捉えたハッブル宇宙望遠鏡の画像と合成することで、非常に遠方にある銀河の正体が明らかになっている。

2019年4月10日、アルマ望遠鏡を含む複数の電波望遠鏡のデータを分析することで、世界で初めてブラックホールの影を撮影し、一般相対性理論が証明されたというニュースが報じられた。(ALMAプレスリリース:https://alma-telescope.jp/news/press/eht-201904

5. テラヘルツ望遠鏡におけるシリコンの活用

5.1. 望遠鏡の目となるシリコン

アルマ望遠鏡は、日米欧の研究者がそれぞれの計画を統合した国際プロジェクトであり、日本は全体のおよそ4分の1の貢献をしており、日本では国立天文台がその中心的役割を果たしている。国立天文台は現在、アルマ望遠鏡の受信機開発をもとに、さらに高精度のテラヘルツ波望遠鏡の開発を支える超伝導電波カメラの開発をおこなっている。

超伝導電波カメラの高精度化にはさまざまな要素があるが、パラボラアンテナによって受信した宇宙からの電磁波を効率よく集光するためのレンズとして、高純度シリコン(シリコンレンズ)が期待されている。

テラヘルツ望遠鏡に使われるシリコンレンズの研究は、各方面で進んでおり、アルマ天文台に近い東京大学アタカマ天文台(TAO)でも、導入が決まっている。また、筑波大学を含む南極天文コンソーシアムによっても推進されており、大気の影響を受けにくい南極内陸部の新ドームふじ基地(標高3800メートル)に口径10メートル級のテラヘルツ望遠鏡を建設し、暗黒銀河の探索などがおこなわれる予定である。

5.2. シリコンのテラヘルツ波透過性

シリコン(Silicon)はケイ素(珪素、硅素)とも表記される元素である。地球の表層部に最も多く存在する元素は酸素(約50%)で、シリコンは二番目、約26%を占めている。土壌や岩石に豊富に存在し、天然水、樹木、植物などにも含まれる「最もありふれた元素」のひとつといえる。

工業用のシリコンは、ケイ石を還元する(酸素を奪う)ことによって作られた金属シリコンで、パソコンやテレビ、スマートフォン、ICカードなど、身近な電化製品に幅広く使われているシリコンウエハーに活用されている。

シリコンウエハーには超高純度(イレブンナイン=99.999999999%)の単結晶構造が必要なため、金属シリコンとして精製された後、さらに精製を要する。

1㎤に切り出したシリコンの単結晶中には、約5×1022個のシリコン原子が存在し、規則正しく結合し整列している。超高純度の単結晶シリコンは11ナイン以上の純度で、不純物の比率は1000億分の1以下になる。先端半導体に使用されるシリコンの中でも、FZ法で製造されたシリコンの単結晶Silicon-FZ111は、自然界に存在するあらゆる物質の純度・構造の精度をはるかに上回る。

シリコンはテラヘルツ帯域の電磁波を比較的透過しやすく、約50%の安定した透過率を示す。この特徴ゆえに、テラヘルツ波の産業利用に欠かせない物質となっている。

(より詳細については「Material Report – Silicon」を参照)

6. テラヘルツ波とシリコンが拓く宇宙探査の可能性

これまで述べてきたように、テラヘルツ波はビッグバンが起こってからわずか数億年という初期宇宙のさまざまな情報を地球に届けている。

シリコンは幅広い電磁波のなかでもテラヘルツ波を透過しやすい特性を持ち、最高純度のシリコンFZ111は、テラヘルツ波がもたらした宇宙の情報を最高精度で集光すると考えられる。

今後、テラヘルツ波とシリコンの組み合わせは、宇宙科学の可能性を広げるだけではなく、冒頭で挙げた産業分野を牽引すると同時に、人類がいまだ体験したことのない分野にいたるきっかけとなる可能性を秘めているといえる。

関連記事

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。